八本目
前の記事で、職位が欲しい理由については長くなるので別に書く、と書いた。その記事だ。
正直に書くと、これは反省文に近い。
現職で、私がしていたこと
私は職場で、自分の役割の線を引き直そうとしていた。
そう書くと聞こえがいいが、実際にやっていたのは線を勝手に広げることだった。
決められている範囲より外のことに手を出そうとした。持っていない権限を欲しがった。誰にも頼まれていないのに、そこは自分がやった方がいいと考えていた。
四本目に書いた時期、私は振られたものを引き受けて潰れた。断れなかった。
今回は違う。振られてもいないものを、取りに行こうとしている。
こちらの方が能動的で、たぶん厄介だ。
思考の隙が、できていた
なぜそうなったのか。
六本目で、任されたものに立派な理由をつけてしまう癖について書いた。目の前に穴があると、意味を見つけて、思考をしてしまう。断る理由が、自分の中から消えていく。
それに加えて、今回は思考の隙があったのだと思う。
要は、業務に慣れて、暇ができ、刺激を求めてしまっている状態だ。これも私の発達特性だと思う。機があれば、そのこともいつか書きたい。
やりたいのは、業務の方だ
ただ、正直なところ、私が欲しかったのは肩書きではない。
やりたい業務がある。 それだけだ。職位がなくても、その業務ができるならそれでいい。私はそう思っている。
でも、社会はそれを許容してくれない。
職位のない人には、任せない。
職位に任せるのは、失敗を潰すためだ
これは意地悪ではないと思う。私が逆の立場でも、たぶん同じことをする。
同じ条件なら、職位のある人を選ぶ。そして、失敗した時の言い訳を確保する。
物事をうまくいかせる方法は、まず分かりやすい失敗を避けることだと、よく聞く。職位のある人に任せるというのは、失敗のリスクを潰す行為なのだと思う。何かあっても、正しい手順を踏んだと言える。
そう考えると、腹も立たない。ただ、私にとっては不利だというだけだ。
私の場合、先にやってしまう手が使えない
私が好きなやり方は、まず試して、後から認めてもらうことだ。やってみて、学んで、直す。その方が早い。
でも、それが使えない。
私の仕事には、相手がいる。外した時に困るのが、私ではない。
先にやって成果を出せばいい、が通らない場所がある。
つまり私は、自分の得意な戦い方が使えない場所で戦っている。
自分で、職位を規定しようとしていた
ここまで書いて、自分が何をしていたかが分かった。
私は、自分で職位を規定しようとしていた。
任された仕事に手を加えて、少しずつ形を変えて、自分の思う方向に範囲を広げていく。認められる前に、実績だけ積んでおく。
これ自体は、たぶん王道の手だ。普通に働いている人も、多かれ少なかれやっている。任された仕事を自分に合わせて作り変えていくことには、ちゃんと名前もついている。
問題は、私がそれをやりすぎたことの方だ。
そして現職では、私の興味に沿った越権は、まず認められない。
線を広げたくて、線を壊していた
七本目で、私が職位を欲しがる理由をこう書いた。職位があると、何をしていいかが決まる。何をしてはいけないかも決まる。範囲が引かれる。
ただ、今回のことを振り返ると、もう少し正確な言い方がある。私は、線を広げたくて職位を欲しがっている。
それなのに、職位がないから自分で線を引こうとする。
でも、自分で引いた線には誰も従わない。自分すら従わない。 その気になれば、いくらでも動かせるからだ。動かせる線は、線ではない。
結果として、広がる。
線を広げたくて、線を壊していた。 私がやっていたのは、そういうことだった。
線は、自分では引けない
分かったことがある。
範囲というのは、他人に引いてもらわないと機能しない。
職位というのは、その線を引いてくれる仕組みなのだと思う。
決められている範囲は、私を縛るものだと思っていた。実際には逆で、「あなたがしていいのは、ここまでです」と言ってくれる装置だった。
手を出さない理由を、外から供給してくれる。私はそれを制限だと思って、越えようとしていた。
ただ、その線は管理のためだけに引かれているわけではない。同じ線が、誰かを守ってもいる。 仕事を管理することと、人を守ることは、たぶん表裏になっている。
そう考えると、線を越えて得をするのは、私だけだ。
越えなければ、上司は余計な仕事を増やさずに済む。周りの人は、根拠の薄い引っかき回しに巻き込まれずに済む。私は、貯めた信用を減らさずに済む。
だから越えない。正しさからではない。越えるメリットが、私にしかなかったからだ。
だから、こうする
イフゼンにする。
役割を広げたくなったら、勝手にやらずに、正規の道に乗せる。 相談する。提案する。
私は一度提案したが、明確な返事はなかった。上司の意向にそぐわなかったのだろう。というか、結局のところ、私は何も判断できない状況である。
それでも、勝手にやる方に戻るのは違う。認められる前に実績だけ積むのは、順番が逆だ。しかもその順番だと、うまくいっても業務だけが増えて、職位はついてこない。一番割の悪い形になる。
かといって、押し続けるのも違う。なぜ通らなかったのかも分からないまま押すのは、信用の無駄遣いだ。
だから、待つ。
五本目に書いたことと構造は同じだ。渡したくなったら、まず自分に戻す。広げたくなったら、まず正規の道に乗せる。衝動を止めるのではなく、出口を一つに絞る。
もっとも、線の内側でなら、試せることもある。 許可が要らない範囲は、たしかにある。
ただ、そこでも簡単には手を出さない。よほど考えてからでないと動かない。
私の損得勘定に引っかからないようにするためだ。 ひいては、それが周りの損得にも引っかからないことに繋がると思っている。
次に動くのは、声がかかった時か、一方的に不利益を被る人が出そうな時だと決めている。
試すのは、こちらでやる
私は、試すことでしか学べない人間だと思う。
でも職場では、その手が使えない。外した時に困るのが、自分ではないからだ。
だから、使える場所を別に持っている。ここがそうだ。
このブログで外しても、困るのは私だけだ。 試して、間違えて、直せる。
職場では、正規の道に乗せる。試すのは、こちらでやる。
そうやって分けることを、みずからえらぶ。
みずから えらぶ
職位が欲しい理由を書いたこだわりシリーズ7本目。これは、そこで約束した続きにあたる。
本文で名前を伏せた「作り変えること」の記事。あちらは仕事の意味を、この記事では仕事の範囲を変えようとしている。
任されたものに立派な理由をつけてしまう癖。あちらでは、それを呪いと呼んだ。こだわりシリーズ6本目。
振られたものを断れずに潰れた頃の話。今回は、振られてもいないものを取りに行っている。こだわりシリーズ4本目。
衝動を止めるのではなく、出口を一つに絞る。同じ形のルールを、人に対して作った記事。こだわりシリーズ5本目。
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