私は自転車通勤や徒歩通勤が好きである。といっても、長い距離を自転車や徒歩で通いたいわけではない。職場は近くにあってほしい、という意味である。
一時期、電車で通勤していたことがある。通勤しながら本が読めるなんて楽しい、と思っていた。しかし、本は集中して読んだほうがいいに決まっている。そういう、いわば意識の高い理由で、通勤時間は短いほうがいいと考えていた。
ところが最近は、少し違う見方をしている。私の本音は「通勤でのイレギュラーをなくしたい」なのだと気づいたのである。
公共交通機関を使えば、ダイヤの乱れに巻き込まれる。天災ならまだしも、遅刻を電車のせいにするのは、どうにも釈然としない。だから私は早めに家を出る。では、早く着いたぶんの時間を自由に使えるかというと、正直微妙である。人目につかない場所で自分の時間を過ごすこともできるが、ひと手間かかる。
だから私は、できれば忘れ物に気づいても取りに帰れるくらいの距離、遠くても自転車で行ける範囲に通勤を収めたい。それだけで、たいていのことは我慢できる気がする。ストレスのかかる出来事があっても、「これだけ近い職場なのだから、大目に見よう」と思えるのだ。
私にとっては「近いは正義」。また一つ、わたし自身の取り扱いが分かった気がする。
自分の取り扱いについて掘り下げる作業を行っています。
発達の凸凹について興味があり、おそらく私にもそれなりの凸凹があって、勉強しています。