はじめて来てくださった方へ。ここが何を書いている場所なのか、先に置いておく。
こういう人に向けて書いている
日常や仕事で困ってはいる。でも、病院に行くほどではない気がする。
行ったところで「グレーですね」で終わりそうな気もするし、そもそも行くこと自体が、なんだか大げさな気もする。
思い切って誰かに話してみると、たぶん、こう返ってくる。
「みんなそうだよ」
これは、みんなグレーのどこかにいるという意味では、的確な表現だとも思う。
そこで話は終わる。終わるのだが、自分の中では終わらない。「みんなそう」で片付けられた困りごとが、そのまま残り続ける。
ここは、その残ったものを置いておく場所のつもりで書いている。
書いているのは、こういう人間だ
私に診断はついていない。今のところ、受けるつもりもない。
自称の、あいだの人である。定型と発達障害の、あいだ。
最近になって、自分の何十年かの歴史をさかのぼり、凸凹を認知してきた。名前が先にあったわけではない。困りごとのほうが、ずっと先にあった。
いま家のことを主に担っていて、人と関わる仕事もしている。
私について書けるのは、それくらいだ。
匿名なのは、隠したいことがあるからではない。名前を出すと、書けなくなることが増えてしまうからだ。
うまくいった話だけを、書いてはいない
ここにあるのは、自分の観察記録だ。
何が苦手で、何が平気なのか。どんな工夫が効いて、どんな工夫が効かなかったのか。効かなかったほうも、なるべく書くようにしている。
私には、自分に起きたことに名前をつける癖がある。「地獄」「連れてくるもの」。記事の中で、そういう言葉が何度か出てくる。学術的な用語を借りることもあるが、借りるだけだ。
科学的な話は好きだ。ただ、ここに書くことが科学的とはかぎらない。こう考えると私は少し楽になる、という話だ。
そのくらいのものとして読んでもらえたら、いちばんありがたい。
ここでしないこと
ひとつだけ、先に書いておきたい。
私は、診断をしない。治療もしない。医療の人間として書いてもいない。
あなたに「あなたは○○だと思う」と言うことはない。言えないし、言うべきでもないと思っている。
ただ、受け止めることは、多少訓練しているので、出来る気がしている。
しんどさが強いとき、生活が回らなくなっているときは、医療機関や、お住まいの地域の発達障害者支援センターのほうが確実に役に立つ。そちらが先だ。
ここは、そこへ行く前でも、行った後でも、愚痴がこぼせる休憩所みたいに使ってもらえたらと思う。
まず読むなら
傘を忘れる。八桁の数字が覚えられない。忘れっぽさは直らないまま、息だけがしやすくなった話。
効く対策と、効かない対策があった。その分かれ目は、自分がどの感覚に過敏で、どの感覚に鈍いかだった。
一日にエネルギーを配分する、というやり方がよく分からない。私が動けるのは、興味の海に波が立ったときだけだ。
普通で戦わない、というより、普通で戦えないのかもしれない。
自分にだけ見えているものがあって、「気にしすぎ」と言われて終わる。あの寂しさには、名前があった。
相談が下手なのではなかった。相談する必要を、感じていなかったのだ。気づいたのは、辞めたあとだった。
感想の受け取り方
コメント欄は開けていない。
匿名で書いている以上、読んでくれた方の連絡先を預かるのは、筋が違う気がしているからだ。こちらが名乗っていないのに、読んだ人にだけ足跡を残してもらうのは、あまり対等ではない。
感想は、Xで受け取れるようにしている。
私は、自分の凸凹を治したいわけではない。
うまく付き合いながら、生きやすく、幸せであれるように。そのために、選べるところはみずからえらんでいこうと思う。
みずから えらぶ