六本目
四本目で、以前の仕事を辞めた話を書いた。
では、どう働けばいいのか。今のところの答えを書いておく。
私はたぶん、余計な仕事をしたくない
先に、あまり良くないことを書く。
私はたぶん、余計な仕事をしたくない。
やりたいことだけをやりたい。興味のある部分だけを深くやりたい。それ以外は、できれば誰かにやってほしい。
昔からそうだった。以前の仕事でも、一対一で人と向き合う時間は好きだったのに、大勢の前で話す役割はどうしても好きになれなかった。目の前の人が興味を持っているのかどうかも分からないまま、話し続ける。あれがどうにも据わりが悪かった。
同じ職場の、同じ目的のための仕事なのに、片方だけやりたかった。
これは、褒められた態度ではないと思う。
社会は、そんなに甘くない
当然だが、そんな要望は通らない。
組織で働くというのは、そういうことではない。振られたものをやる。得意でなくてもやる。それが働くということだ、と言われれば、その通りだと思う。
そして、組織が本当に求めているのは、たぶんこういう人だ。
何かが飛び抜けている人より、全部を平均的にこなして、ミスをしない人。
これは意地悪で言っているのではない。組織の側に立てば、当たり前の話だ。たまにものすごく重宝する人より、いつも休まず来て淡々とこなしてくれる人の方が、結局は重宝される。 飛び抜けた一点より、崩れない全体の方が、回す側にはありがたい。
平均では、勝てない
ここで、私には不都合なことが起きる。
私は、平均では勝てない。
得意なところは、たぶん人並み以上にやれる。でも苦手なところが、はっきり苦手だ。全部をならして評価されると、苦手な方が全部見える。
一つの場所に長くいて、あらゆる業務を任されるほど、この構造は不利になる。できることが増えるのと同じ速さで、できないことも見えていく。
しかも、私にはもう一つ厄介なところがある。特性と言うか、呪いと言うか——任されたものに、いちいち立派な理由をつけて取り組もうとしてしまう。
三本目に書いた、何にでも意味を持たせてしまう癖が、ここでは逆に働く。振られた仕事に意味を見つけてしまえば、それはもう私の仕事になる。断る理由が、自分の中から消える。
やらされている感覚がないので、始末が悪い。
以前それで自爆したことは、四本目に書いた通りだ。
だから、分ける
それで行き着いたのが、複数の仕事を並行して持つという形だ。
理屈は単純だと思う。
一つの場所で全部を平均的にやると、苦手が全部見える。でも複数の場所に分けて、それぞれで得意なところだけを担うなら、苦手はそもそも表に出ない。
同じ人間なのに、置き方を変えるだけで、見え方が変わる。
範囲が決まっている、ということ
もう一つ、大事なことがある。
仕事の範囲がはっきり決まっていると、手順が書ける。
逆に、範囲が決まっていない仕事は、手順が書けない。どこまでが自分の仕事か決まっていないのだから、書きようがない。書ききれない。
そして、書けない仕事では、想定外が延々と起き続ける。私はそこがいちばん苦手だ。
範囲の決まった仕事を選ぶというのは、手順のある世界を選ぶということでもある。
増えるほど、決められなくなる
範囲が決まっていないと、もう一つ困ることがある。
仕事が際限なく増えていく場所では、常に選ばされる。これを取るなら、あれを捨てないといけない。
その判断には、思考が要る。
でも、増えれば増えるほど、判断の回数が増えて、考える余裕がなくなる。四本目に書いた通りだ。考える時間が減っているのに、考えるべきことだけが増えていく。
しかも、判断の基準はどこにも書かれていない。毎回、ゼロから決めることになる。
一本に、賭けない
もう一つある。
私の場合、どこか一つが合わなくなる確率は、たぶん人より高い。実際に一度、そうなっている。
収入が一本しかないと、そこが途絶えた時に、生活ごと落ちる。
分けておけば、一つ失っても即死しない。これは想像で言っているのではなく、一度経験した上での設計だ。
今の私の設計
今やろうとしていることを、順番に書いておく。
まず、今の仕事で一つの領域をきちんと深める。その道は自分のものだと言えるところまでやる。
そのうえで、隣の領域も少しずつ触っていく。触って、面白ければ深める。
同時に、こうして書くことを細く長く続ける。
そして時間をかけて、生活のための仕事と、やりたいことが重なる方へ寄せていく。一気に移らない。少しずつ角度を変える。
危ないのは、広げ方だ
ただ、ここには落とし穴がある。
「隣の領域も触っていく」というのは、業務範囲が際限なく増えていくのと、形がまったく同じだ。
私を消耗させたのは、まさにそれだった。放っておくと、同じことをまた自分で始めてしまう。
だから、基準を先に決めておく。
面白いかどうかで広げない。深められるかどうかで広げる。
面白いだけのものを拾っていくと、浅いものが増えるだけになる。深められるものだけを拾えば、専門が複数できる。同じ「広げる」でも、行き先が違う。
普通で、戦わない
余計な仕事をしたくない、というのは、たぶんわがままだ。
でも、わがままを通す道はあると思っている。
一つの場所で全部を平均的にこなすのをやめる。複数の場所で、一つずつ深く関わる。深さでなら、私にも渡せるものがある。
普通と呼ばれる形では、戦わない。
そういう地獄をえらんだ、というだけの話だ。
ただ、普通でいう地獄が、案外、私にとっては地獄ではないかもしれない。
みずから えらぶ
本文で三度出てきた自爆の話。範囲が決まっていない場所で、私に何が起きたか。
何にでも意味を持たせてしまう癖。ここでは枷ではなく、前に進む力として書いた。
どの選択にも地獄はある。違うのは、その地獄が何を連れてくるかだ。
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