私はパートナーの話が聴けない。
聴きたいのに、聴けないのだ。
傾聴の世界では、利害関係が濃い相手ほど話が聴けない、というのが通説らしい。ご多分に漏れず、私もパートナーの話が聴きづらい。
仕事の話をされれば、アドバイスをしてしまう。良かれと思ってのアドバイスだから、質が悪い。もちろん、アドバイスを求められることもある。でも、まず話を聴かないことには、アドバイスも染み渡らない。
それでも、パートナーは私に話をしてくれる。根性なのか、愛情なのか、その仕組みは正直、私には分からない。でも、有難い。何度でもチャンスをくれるのだ。しかも、話の勢いは衰えない。ここまでくると、頭が上がらない。報いたくもなる。
でも、聴きづらい状況は変わらない。
そんな私でも、「今日は聴けているな」と思う時がある。休日の朝だ。
ぱっとしない状況の中から、上手くいったパターンを探す。ブライトスポットという手法だ。パートナーの話が聴きにくい私でも、比較的聴けている状況、それが休日の朝だった。
休日の朝、パートナーは平日より長く寝ている。ネガティブな話への反応が、少しゆるやかになる。朝型の私も、必然的にコンディションは良好だ。
そうなると、平日の夜は鬼門である。パートナーは仕事で疲れているし、朝型の私に余力は残っていない。パートナーはしきりに話したがるのだが、まともに受けたら、私は短絡的にアドバイスをしてしまう。だから、アドバイスを意識的に禁止する。
そう決めてから、なんとなく脱力して、聴きやすくなった気がする。
この記事を書きながら、「家事を全部済ませておけば、案外聴きやすくなっているかも」と思いついた。
聴く技術というと、相槌や間の取り方を思い浮かべる。でも、聴く土俵を選ぶことも、技術のうちかもしれない。
というわけで、私のイフゼンはこうなった。
『夜はお互い疲れているので、話の深追いはしない』
『大事な話は、休日の朝にする』
『平日の夜は、家事を早めに切り上げておく』
まだまだ粗削り感満載である。今は、この手触りを楽しみたい。
「しない」イフゼンも面白いかもしれない。するなと言われると、したくなるものだから、科学的には何か間違っている気もするが、追々調整していこう。
本当は、パートナーの話を一番聴きたいのだ。そして、私の話も聴いてもらいたい。パートナーの話を聴くことが、私なりの、私の話を聴いてもらう道なのだ。
現状を嘆くより、そんな遠回りなのか近道なのか分からない道を、わたしは選ぶ。
みずから えらぶ
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