七本目
前の記事で、普通では戦わない、と書いた。
書いておいて何だが、正直に補足しておきたいことがある。
私は、普通でも戦っている。 今もだ。
実は、普通でも戦っている
今の仕事で、私は割と普通にやっている。
求められることは一通りやる。休まず行く。決まりは守る。飛び抜けたことは、たぶん何もしていない。
そのうえで、職位を取りに行こうともしている。
前の記事を書いた本人が言うことではない、と自分でも思う。
あれは、戦いではなかった
ただ、書いてみると、矛盾していないのかもしれないと思えてきた。
「普通で戦わない」は、「普通を捨てる」という意味ではなかった。
普通を全部捨てると、そもそも土俵に上がれない。入場料が払えないからだ。
だから、ある程度の普通は払う。
あれは戦いではなく、支払いだった。勝負するつもりのない場所に、参加費だけ置いている。
そして、参加費を払うのは、その先に欲しいものがある時だけでいい。
普通であろうとするのは、そこに欲しい物がある時だけだ。 普通ではない場所に欲しいものがあるなら、そちらを取りに行った方がいい。
払う通貨と、受け取りたい通貨
同じ職場の中で、二つの通貨が動いている気がする。
私が払っているのは、組織の通貨だ。休まず来る。一通りこなす。ミスをしない。
でも、私が受け取りたいのは、別の通貨だ。
それは職位だ。
あのことなら、あの人に聞けばいい。そう思われること。そして、その範囲では自分で決められること。
普通であることを支払って、職位と賃金をもらう。
自分のやりたい事が、自分一人でできるとは限らない。
職位が欲しい理由
ついでに書いておくと、私は職位が欲しい。
偉くなりたいわけではない。重宝されたいわけでもない。
自分の興味のある分野を、探求できればいい。 人の役に立つのは、たぶんその後についてくる。それが私の仕事観だ。
そして職位があると、何をしていいかが決まる。 何をしてはいけないかも決まる。範囲が引かれる。
範囲が引かれていないと、私は勝手に引き受けてしまう。それで一度、潰れている。
これは長くなるので、別の記事で書こうと思う。
だから、狙いはこうなる
まとめると、私が探している場所は、こういう形をしている。
やりたい職位があって、普通の部分が、私にこなせる範囲に収まっている仕事。
前の記事で、組織は「たまにものすごく重宝する人」より「いつも休まず来て淡々とこなす人」を選ぶ、と書いた。自分に不利な話として書いた。
その不利は、たぶん消えない。だから、消そうとするのをやめた。
普通の部分を減らすのではなく、払える量に収める。 そのうえで、やりたい範囲に職位がついてくる場所を探す。
飛び抜けなくていい。休まず行く。そのうえで、決められる範囲を持つ。
そんな場所は、あるのか
問題は、これがずいぶん都合のいい話に見えることだ。
普通の部分が払える量に収まっていて、やりたい範囲には職位がついてきて、仕事の範囲もそこそこ決まっている。
そんな職場が、本当にあるのか。
正直に言うと、分からない。
今いる場所は、範囲が決まっているという点では条件を満たしている。でも残りは、まだ試している最中だ。答えは出ていない。
甘い地獄を、探している
結局、私は都合のいい地獄を探しているだけなのかもしれない。
以前、どの選択にも地獄はある、と書いた。
だとすれば、私がやるべきなのは、痛くない地獄を探すことではない。払える地獄を選ぶことのはずだ。
甘い地獄なんてものは、たぶんない。あるとすれば、私にとってだけ甘く見える地獄だ。
幸い、私に払える普通は、時間以外は沢山ある。 その時間がネックなのだが、そういう地獄をえらんでいるだけだ。
時間を出せない理由はあるのだが、それは簡単に書けそうなら、そのうち書く。
探し方は、変わった
探している場所が実在するのかは、まだ分からない。
ただ、探し方は変わったと思う。
以前の私は、たぶんきつくない場所を探していた。今は、どのきつさなら払えるかを見ている。
払えるかどうかは、やってみないと分からない。だから今は、今の場所で試している。
みずから えらぶ
普通で戦わないと書いた記事。これはその但し書きにあたる。
どの選択にも地獄である。だとすれば、選ぶ基準は痛さだけではない。
範囲が引かれていないと勝手に引き受けてしまう。その結果がこれだった。
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