睡眠には人一倍気をつかってきた自負がある。アロマオイルを焚き、枕を調整し、マットレスを替え、サプリメントを試した。どれも科学的な裏づけがそれなりにあるとされるものを選んできたが、当たりばかりではなかった。アロマオイルは、効きそうな気がした割に、よく眠れたのは最初のうちだけだった。そうして一通り試すうちに、手持ちの対策は次第に限られていった。
睡眠とは別に、感覚の過敏と鈍麻について調べていた時期がある。その二つが、どうやら自分の中で強くつながっているらしいと気づいたのは、このときだった。
私の嗅覚は、鈍麻の傾向にあると自認している。だとすれば、アロマが効かなかったのも腑に落ちる。そもそも匂いをよく拾えないのだから、匂いで整えようとするのは筋が悪い。ここで一つ、原則めいたものが見えてくる。鈍麻している感覚に、その感覚を通して働きかけようとしても、届きにくい。
その点、過敏のほうは対策の方向がはっきりしている。要因を取り除けばいい。うるさければ静かにし、まぶしければ暗くする。単純だ。
そう思って、自分の感覚を睡眠まわりで棚卸ししてみた。
触覚には、なんとなく過敏がある気がする。そして温度感覚。これも触覚の仲間のようなものではないだろうか。硬い布団だとすぐに体が痛くなり、寝つけない。尿意にも敏感で、ほぼ間違いなく尿意で目が覚める。これは水分の摂取量を抑えればある程度は対応できるだろう。暑くても寒くても起きてしまう。夏はクーラーを使うが、効きすぎても効かなすぎても睡眠を邪魔される。
一方で、光はおそらく鈍麻側だ。カーテンから漏れる光も、意識の上ではまったく気にならない。音も、どちらかといえば平気なほうだ。良い耳栓を買ってはみたが、定着しなかった。遮音の効果よりも、付け心地の悪さのほうが勝ってしまったのだ。これもまた、触覚の過敏に触れてしまったのだろう。
睡眠という一場面に絞って眺めただけだが、面白いことが分かった。私は睡眠に対して過敏で、そのなかでも過敏な感覚のほうに注目すると、対策の方向が自然に見えてくる。触覚と温度が過敏で、光と音は鈍麻。ならば、寝具と室温に手をかけ、遮光や耳栓には力を入れない。それでいい。
手当たり次第に試したおかげでここへたどり着いたが、よく考えれば当たり前の話だ。過敏や鈍麻で困っているから、対策する。だとすれば、自分がどの感覚に過敏で、どの感覚に鈍いのかに気づくことが、何より先に来るのだと思う。
自分の拘りに、感覚という角度を一つ加えてみる。これだけで、発達に凸凹のある人はずいぶん生きやすくなるのではないだろうか。もっとも、これは私の凸凹の程度での話だ。凸凹がもっと深い人にとっては、これは生きやすさというより、生きるために欠かせない視点になるのだろうと思う。私は、そんな視点をもって、自分の生きやすさを組み立てていく。
みずから えらぶ
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