長期休みが憂鬱だ。
こどもが一日中家にいて、昼ご飯の準備もしなければならない。こどもが嫌いなわけではない。こどもを育て上げることは、私のやりたいことのひとつだし、望んで授かった子だ。それでも時折、何かを阻害されている感覚は無視しきれない。愛情と負の感情は、同居し得るものなのだろう。
私は自分の予定を狂わされるのがイヤで仕方がない。だから、誰も起きていない朝に作業をする。
白状すると、休日そのものが全部イヤだったりする。
平日のほうが、ずっといい
平日は、労働しながら、自分の集中したいことに集中できる。控えめに言って最高である。
食事もそうだ。一人なら、健康を気にはするが、質素なもので満足できる。でも家族と一緒だと、見た目や好みなど、気にしなければいけない項目が一気に増える。それもイヤだ。
ずっと平日でいい、と思っている。世間でいう休みの日、つまり土日が、私にとっては仕事の日だ。平日は労働を含め、やりたいことをしている実感があるから、つらいとは思わない。そう考えると、週休5日制ともとらえられるので、現状はかなり幸福な部類なのだと思う。
去年は、そうできた
だからこそ、一か月も予定を狂わされると考えると、ぞっとする。去年はどう過ごしたのだったか。一緒に出掛けたり、宿題を見たり、こどもにコミットしていた気がする。去年は今ほど集中したいことが定まっていなかったから、そうできたのだろう。
では、今年の私はどうか
朝の時間を拠り所に、消化試合のようにこどもに対応するのだろうか。今のところ、そうするしかなさそうだ。
つい自分のことに没頭したくなるが、優先順位を間違えると、結局私の手間は増えるのだ。幸い、長期休みといえど期限付きだ。私は一人でもない。心強いパートナーがいる。子育ては先行投資が大事だと思っているし、私が先に与えるべきだとも思っている。そして、私はこどもの安全基地なのだ。
これらを戒めに、苦し紛れにも、みずからえらぶ。
私が大事にしている時間、本を読んだり、一人で何かをしたりする時間。
与えることも自分のためだった。
私の邪魔をしないでほしい。